「正直に言えばサッカーでは生きていけないと思っていたので、ただサッカーをしているだけじゃ意味がない、そういう気持ちはいまでもあります。どこで何をするにしろ、今後につながるようにと、常に考えています」
あらゆる機会を大切にしているということは、前述の弟、隼翔の次の言葉からもわかる。「兄は仕事の関係で人とのつながりも増えています。そういう人脈を活かして『今度、食事に行こう』と経営者の方たちを紹介してくれたりしていて、本当に愛されているんだなということを、ここ最近感じるようになりました」(稲村隼翔)
ここ最近、というのは、以前は話をする機会が少なかったからだ。2002年生まれの隼翔とは4学年の年齢差があり、生活時間帯が異なっていたこと、また互いに海外に行っていたことから縁遠くなっていたのが現実だった。しかしまず稲村がドイツから帰国して日本で仕事に就き生活の基盤を整えたことから話す機会が増え、弟の隼翔も東洋大学を卒業してプロサッカー選手となってからはさらにその頻度が高くなってきた。2025年の後半は隼翔がスコットランドのセルティックに所属していたため少し距離が遠くなったが、FC東京に加入した現在は直接の交流が復活。稲村は父母とともに弟の試合を観に訪れ、家族の絆を確かめている。
この兄弟には、生活にズレが生じていても、住む場所が離れていても、会話が少なくとも、心の底では互いを思うところがあった。兄の龍介が取材対応にマメな弟の影響を受けて、メディアの背後にいる読者に言葉が届くようにと本稿のような取材を断らないこともその一例だ。