話は前後するが、ドイツでサッカーをしようと志したのは中学生の時だった。その時の心の動きを、稲村は次のように説いた。
「自分の力でなんとかしていかないと好きなことをやっていけない。中学校2年生ですごくそのように感じました。そこからドイツでサッカーをするという目標も出てきましたし、いつかは自分で仕事をやっていかないといけないとも思いました。プロサッカー選手になる一般的な道は知っていて、そうはなりたくないという気持ちがすごくあったので、違う道を選んでいこう、と。それと、自分より大きな身体の選手と試合をしたいと、そういう単純な考えでその選択に至りました」
「そうはなりたくない」の意味に関しては、末尾にある稲村の言葉で後述するが、そこも踏まえて彼はドイツでの挑戦を模索していた。海外へ行くには22歳でも若くないという相場を知り、大学への進学を考えず、また客観的に自身を見つめた時、すぐにプロになれるような一部の大学には行けないと判断し、20歳からドイツに行こうと心に決めていたという。2017年の3月に大森学園高校を卒業した稲村は日本の専門学校を経て2年後、当時ドイツ4部のキッカーズ オッフェンバッハから湘南ベルマーレへと加入した澤田恒の逆輸入例を横目に、2019年の7月に渡独した。そこで5部から7部まで4つのクラブチームで練習に参加、そのすべてから加入するかと声をかけられ、最終的に6部のFC BASARAMAINZ(バサラマインツ)へと入団することが決定した。5部のチームで試合に出られない場合も考え、出場機会を求めての決断だったという。
「ドイツ国内でのステップアップを考え、まずは自分が全試合で絡めるチームから始めて5部、4部、3部という目標にして、一番最初はそこを選びました」
日本のカテゴリーと比較すると、ドイツの5部は日本の関東サッカーリーグ1部、ドイツの4部はJFLに当たる。ドイツでも若干カテゴリーを落としてくるプロ選手が混在するリーグが4部や5部であり、おおよその相場感は日本と似たところがあるのかもしれない。
「もともとブンデス2部でやっていた人とか、引退してカテゴリーを落としてくる人たちが混ざり合っているところが5部、4部かなと思います。なので強度も申し分ないというか、プロ志向の方も多いので、レベル感は低くはないと思います」

