TOKYO FOOTBALL

写真:稲村 龍介 [Intel Biloba Tokyo]

ドイツという目標を経て得た家族との絆

稲村 龍介
[Intel Biloba Tokyo]

TOKYO FOOTBALL COLUMN

ドイツという目標を経て得た家族との絆 ── 社会人フットボーラー稲村龍介の選択

この2月18日に満27歳の誕生日を迎えたばかりの稲村龍介は20歳だった2019年7月、1部から11部までの分厚いカテゴリーを誇るドイツでプロサッカー選手をめざすべく日本から旅立った。やがてコロナ禍に見舞われたこともありドイツ滞在2年目の2021年1月に挑戦を断念。不動産業を一生の仕事として決意し、日本へと帰国した。そこで東京都社会人サッカーリーグ1部のIntel Biloba Tokyoに加入。当初は生活基盤を確立するべく生業に励み、なかなかチームの活動にコミット出来なかったが、加入3年目以降は出場機会を増やし、2025年度はリーグ戦全17試合にキャプテンとして先発フル出場。いち社会人として着実に働きながら競技レベルでの活動を継続する、そんなサッカーのある暮らしを手に入れた。

プロ選手として大成する人数もごくわずかだが、他方、社会人フットボーラーとして納得感のある職業上の地位とピッチ上の手応えを同時に手に入れる人数もそう多くはない。社会からひとりのビジネスパーソンとして評価されしっかりと生活の糧を得ながら貴重な時間を割き真剣勝負のリーグ戦に臨む、そうした状況をつくるまでにどのような歩みがあったのか。2026年もIntel Biloba Tokyoでの活動が決まっている稲村に訊ねた。

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後藤 勝

ドイツ行きの決心

話は前後するが、ドイツでサッカーをしようと志したのは中学生の時だった。その時の心の動きを、稲村は次のように説いた。

「自分の力でなんとかしていかないと好きなことをやっていけない。中学校2年生ですごくそのように感じました。そこからドイツでサッカーをするという目標も出てきましたし、いつかは自分で仕事をやっていかないといけないとも思いました。プロサッカー選手になる一般的な道は知っていて、そうはなりたくないという気持ちがすごくあったので、違う道を選んでいこう、と。それと、自分より大きな身体の選手と試合をしたいと、そういう単純な考えでその選択に至りました」

「そうはなりたくない」の意味に関しては、末尾にある稲村の言葉で後述するが、そこも踏まえて彼はドイツでの挑戦を模索していた。海外へ行くには22歳でも若くないという相場を知り、大学への進学を考えず、また客観的に自身を見つめた時、すぐにプロになれるような一部の大学には行けないと判断し、20歳からドイツに行こうと心に決めていたという。2017年の3月に大森学園高校を卒業した稲村は日本の専門学校を経て2年後、当時ドイツ4部のキッカーズ オッフェンバッハから湘南ベルマーレへと加入した澤田恒の逆輸入例を横目に、2019年の7月に渡独した。そこで5部から7部まで4つのクラブチームで練習に参加、そのすべてから加入するかと声をかけられ、最終的に6部のFC BASARAMAINZ(バサラマインツ)へと入団することが決定した。5部のチームで試合に出られない場合も考え、出場機会を求めての決断だったという。

「ドイツ国内でのステップアップを考え、まずは自分が全試合で絡めるチームから始めて5部、4部、3部という目標にして、一番最初はそこを選びました」

日本のカテゴリーと比較すると、ドイツの5部は日本の関東サッカーリーグ1部、ドイツの4部はJFLに当たる。ドイツでも若干カテゴリーを落としてくるプロ選手が混在するリーグが4部や5部であり、おおよその相場感は日本と似たところがあるのかもしれない。

「もともとブンデス2部でやっていた人とか、引退してカテゴリーを落としてくる人たちが混ざり合っているところが5部、4部かなと思います。なので強度も申し分ないというか、プロ志向の方も多いので、レベル感は低くはないと思います」

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ドイツに渡ってプレーした稲村。(写真:本人提供) ドイツに渡ってプレーした稲村。(写真:本人提供)

稲村は左足のパスを持ち味とするセンターバック。短距離、中距離、長距離のレンジを蹴り分け、もちろん闘える守備も魅力だ。ドイツで2年目に所属した5部のSV Gonsenheim(ゴンセンハイム。マインツからほど近い街のクラブ)は4-1-4-1または4-1-2-3のアンカーも務めた。当時のゴンセンハイムを率いていた指揮官は以前、フランクフルトU-19チームの監督を務めていたそうで、比較的つなぐスタイルを採用していたという。そのなかで稲村のパス能力は優れた部類だったが、実際に特長として評価してもらえたのは、対人での強さだった。ドイツ時代の映像を見ると危険地帯にいち早く駆けつけていると思しきシーンもあり、稲村自身もそのイメージは持っているという。

移籍後はゴンセンハイムの近くに引っ越したが、ほぼマインツ圏となるエリアで2年間それほど変わらない環境で生活し、挑戦は順調に推移していった。スピード感、体格、言葉、すべてが異なるなかでピッチ内のみならず、意思疎通の仕方やサッカー以外でのチームメイトとの関わり方にまで広く考えを及ばせ、サッカー選手として大きく成長していった。

コロナ禍中の決断

稲村 龍介

東京都出身27歳。大森学園高校出身。ブンデスリーガでプロ選手になるため20歳で渡独、ドイツ6部と5部でプレーしたが、コロナ禍に遭ったこともあり活動の継続を断念。2021年に帰国した。日本では不動産業を営みつつ、東京都社会人サッカーリーグ1部のIntel Biloba Tokyoに所属。2025年度はリーグ戦全17試合にキャプテンとしてフル出場した。FC東京のDF稲村隼翔は実弟。

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