稲村は東京都目黒区に生を受けた生粋の都会っ子である。羽田空港に近い湾岸エリアの大森学園高校(大田区)に通ったが、ここも自宅からは自転車で30分ほどの距離。「そこ以外はもう目黒区から出ずに生活して、サッカーをして学校に行って、という繰り返しの毎日でした」。ただそれは、決して約束された未来に至るレールが用意されたものではなかった。
「両親がサッカーを全くやってこなかった人間なので、選択肢は自分で探さなければいけないことが多かったんですけど、何不自由なくやらせてもらっていました。ただ正直、自分の進路がどうなっていくのか、先行きが不透明な状態で日々を過ごしていたのも確かです」
勉学とサッカーに打ち込める状態ではあった。しかし家督を継ぐ長男ということも考えると、無謀すぎる冒険に出ることも出来ないという自制の意識を持たざるをえなかった。「弟には不自由なくサッカーをやってもらいたいと思いつつ、自分もやれるところまではやろうと思っていた」と、稲村。次男が家に対して責任を負う必要はない、伸び伸びやってほしい──そう願ったおかげか、その実弟である稲村隼翔は現在FC東京に所属するプロサッカー選手となっている。そして、長男として己を律していた稲村も、まさに「やれるところまではやろう」と想定したとおりの成長を示していくことになる。