サッカーと仕事の両立
月曜日にオフを入れ、火曜日に次の試合に向けたトレーニングを立ち上げ準備を進めていく一週間の流れは、Jクラブとなんら変わりはない。しかし午前中に2時間しっかりと全体練習をしたあと、午後から夜まで社会人としての勤務がある。そこがJリーガーとのちがいになる。疲労を言い訳にして勤務が疎かになることなどは許されない世界だ。
「どちらもきちんとやらなきゃいけない、というのは大前提。仕事との両立は大変でしたけど、もう自分で覚悟を決めたことだったので、やり抜こうと思っていました。一方で、競技レベルを保つということに関しては、勤め先に理解をしていただくことが必要。その点、今季はある程度サッカーにも時間を割いて集中できるような環境を会社とエリースの方々につくっていただいて、中には丸一日働いて夜に練習というチームもあろうところ、ぼくらは午前中に練習をした上で午後に働くという形でやらせていただいた。そこはもう本当に感謝しています」
午前中はサッカーに集中し、午後は仕事。退勤後は自身のケアに努めて選手としての力を向上させた。大卒1年目の新人ではあるがキャプテンマークを巻き、ボランチとしてプレー。己の特長を失わないために、鹿島と明治で培った強度を落とさないよう意識し、ボール扱いやゲームコントロールに長けたチームメイトから、それまでの自身に備わっていなかったものを吸収。「学びながらできた」と振り返るだけの成長を一年間で遂げた。
「この一年間を振り返ると、エリースで過ごした時間がプラスに働いていたと思います。キャプテンを務めさせていただき、チームを引っ張ることもそうですし、プレーの面でもストロングはキープしながらも、自分に足りなかったところを学べました。ただ、結果的にチームとして強くなれたかと言うと、自分自身に足りなかったと思うところはあります。今季はメンバーがガラッと入れ替わり、(新人の)ぼくもそうですが、監督のやり方を理解している人が少ない中でスタートして、チームとして合わせていくことは確かに難しかったな、と」
シーズン半ばで山口遼前監督から加藤瑠伍監督に指揮官を替え、戦い方も変えてのかろうじての残留に、選手として責任を感じているのも確かだろう。しかし9位の流通経済大学ドラゴンズに勝ち点3差の8位ながら、関東1部残留を成し遂げた事実は重い。全国地域サッカーチャンピオンズリーグがボトルネックとなり、有力なクラブがJFLへ昇格できずにこのリーグに留まり、厚い層を成していることを考えれば残留自体が至難の業だからだ。チームづくりをやりきれなかった、結果を出しきれなかったという悔いは残るが、最低限の成績を残して木内は“個人昇格”でJへ羽ばたくことになる。
次ページ(3/4)
「プロ一年目に不安なし」