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ピッチの余白
後藤 勝|# 01
サッカー界の底上げを感じた「ふたりの再会」
以前、このTOKYO FOOTBALLで垣見修平について触れたことがある(『垣見修平が都リーグと医療そして育成の現場で得たもの』2024年1月)。垣見は2010年、原野大輝監督と林雅人ヘッドコーチの体制で東京都社会人サッカーリーグ1部初優勝を成し遂げた時の、東京23FCのサイドバックだった。その後、病院勤務を経てFC東京のアカデミー部門でトレーナーを始めることになったのだが、FC東京U-15深川、FC東京U-18で仕事をしたあと、ついに今年はトップチームのトレーナー兼フィジオセラピストに任命された。選手からトレーナーへと転身しつつも、東京1部からJ1にまで昇りつめたことになる。
その垣見が「次の試合は林さんが水戸の指揮を執りますね」と話しかけてきたのは、4月下旬のことだった。じつは、東京23時代の恩師である林は現在水戸ホーリーホックのコーチ。樹森大介監督が4月19日の明治安田J1百年構想リーグ 地域リーグラウンド第11節の柏レイソル戦で退場処分となり、第12節FC東京戦の欠場が決まったため、林が次節、監督代行として指揮を執ることが確実となっていたのだ。
そもそも、垣見がFC東京U-15深川でトレーナー業を始めることになったのも、林の紹介によるところが大きい。切っても切れない縁のふたりが、そのような形で再会することになるとは、互いに思いもよらなかっただろう。垣見はいまをときめく佐藤龍之介をユースチームでもトップチームでもフィジカル面から見るトレーナーとなり、水戸の戦術面を担当する林は当時の東京23で実践していたものを彷彿とさせるアグレッシブなフットボールをJ1の場で披露する指導者となった。
こういう人材の動きが出てきたことは、日本のサッカー界にそれだけプロ化以降の歴史が積み重なり、また土壌が豊かになってきたことのあらわれだろう。元Jクラブの選手やスタッフがJFL、関東リーグ、都リーグへとやってくるようになって久しいが、対照的に最新の知見を持ったスタッフが社会人からプロへと活躍のステージを上げていくことで、それぞれのカテゴリーが質的に強化されていくという印象を受ける。
選手のみならず野心的な指導者やフィジカル、メディカルのスタッフが増えるのはいいことだ。プロで活躍しようと思うならその前に他のカテゴリーでいい仕事をしなければならず、必然的に社会人、大学、女子、育成や普及といったプロ以外のチームの質が上がる。そうして全体の水準が高くなっていけば、そこから輩出される選手の力量も上がり、最終的には上澄みである日本代表チームの強さにも結びつくはずだ。言い換えれば、グラスルーツからプロに至るまで、すべての人々がそれぞれの高いレベルを追い求める時代になったのではないか。
東京23が東京1部で初優勝した2010年から数えると、林と垣見は15年でJ1に到達した計算になる。この事実は励みになるだろう。垣見と林が味の素スタジアムで居並ぶ光景に立ち会った私は、ノートを握りしめながらこの15年という歳月に思いをはせた。
(後藤勝)