漆間監督が養和会を退職 9月からは東京FA技術委員長に
写真:主将の関野からメッセージ入りのTシャツを受け取る漆間監督。
東京1部三菱養和SCの漆間信吾監督(65)が約40年勤務した三菱養和会を8月31日付で定年退職する。退職に伴い、現在務める社会人の監督も一線を退くことになり、今季終了まではチームに携わるものの、これまでのように毎回ベンチ入りすることは難しく、来季以降は完全にチームを離れることが決まった。今後は東京都サッカー協会に籍を移し、現職の副会長に加えて9月1日からは新たに技術委員長にも就任する。
三菱養和会所属として最後の指揮を執った30日のR.F.C Tokyo戦は、本拠地の巣鴨グラウンドにいつもより多くの200人近いOBや関係者が集まり2-1の勝利を見届けた。試合後には選手のメッセージ入りのTシャツや花束が贈られ、最後は胴上げで送り出された。
漆間監督はユースやジュニアユースなどの育成年代の指導に長く携わり、多くのJリーガーや日本代表選手も輩出。社会人チームは2006年にOB選手を中心に発足し、当時から監督を務め、09年には東京1部に昇格。11年には関東社会人サッカー大会3位で関東リーグ2部昇格も果たした。現在は東京1部に所属し、OBを中心とした編成は変わらない。
漆間監督の話
「(社会人指導を振り返り)この20年ほどで相当レベルが上がったと思う。上を目指すクラブや大学生などなかなか大変なリーグになった。そういった中でも社会人が仕事をしながら時間をみつけて、練習をして、試合をする姿勢はすごく大切なこと。立場は違えど、養和のOBが社会人になって集まり同じ目標に向かって養和らしく、楽しくプレーできる場をこれからも作っていけたらと思う。できればもう少し養和で育った人たちが社会人になってこのクラブに戻ってきてくれるとうれしい。今後は自分自身も来れる時は来るという形になるが、それも今シーズン限り。それまでにはきちんと後任なども決めなくてはいけない」
主将・関野太聖の話
「スクールからユースまで養和でずっとやってきて、大学を卒業する時にサッカーはもうやりきったと思って一度はやめた。でも社会人になって漆間さんに『社会人チームでやらないか』と声をかけてもらい改めてサッカーの楽しさ、養和の環境でやることの楽しさを感じることができた。仕事をしながらという大変さはあるが、今もサッカーを続けられていること、誘ってくれた漆間さんには感謝したい」
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