東京サッカー [TOKYO FOOTBALL]


HBO TOKYO
世界へ 未来へ チャレンジ
[MF留盛 聖大 インタビュー]

INTERVIEW
「大学を休学して海外へ挑戦」可能性があるなら飛び込んでいきたい

 青森山田高校から創価大学へ進学し、1年間のサッカー生活を送ったあと、大学を休学をして海外挑戦を決断した留盛聖大。大学卒業を待たずに海外へ挑戦する理由、HBOというクラブで海外を目指すメリット、自身の今後のビジョンなどを聞いた。
(※聞き手はTOKYO FOOTBALL)

MF留盛 聖大(20歳)
静岡県出身。清水エスパルスJr.ユースから青森山田高校サッカー部へ。高校卒業後は創価大学サッカー部で1年プレーした後に大学を休学し、HBOへ入団。今夏、もしくは今冬にヨーロッパクラブへの移籍を目指す。

CONTENTS 01
もっと世界をみるべきと感じた

 --青森山田高校で3年間過ごし、卒業する時の進路はどのように考えていたか。

「高校時代はずっとプロになることを一番の目標に掲げていました。ただ、すぐにプロになるということは難しかったので、学年を重ねるごとに自分が具体的にどういう道に進むべきかを考え、プロになりたいという考えと同時に自分はサッカーに限らず海外に興味があったので、海外にいけるような環境を第一に考えました。そこでHBOという海外に挑戦できるクラブの存在を知り、当時、創価大学サッカー部の監督がHBOとつながりがあるということだったので、まずは創価大学に進み、そこでサッカーをすることに決めました」

 --監督やコーチに進路相談は。

「高校3年生の時に進路相談があり、そこで自分の希望をいくつか監督やコーチに伝えます。監督からは大学サッカー部への推薦のお話もいただけましたが、やはり自分としては海外でサッカーをするということが第一にありましたので、自分で勉強をして、創価大学に行きたいということを伝えました」

 --そこまで海外に行きたいと思うようになったきっかけは。

「小学校6年生の時にスペインに、中学生の時にブラジルに短期間ですが行ってサッカーをしました。やはり日本にはない環境、景色、価値観を感じて、その時から自分はもっと世界をみるべきだと思い、いつか海外に行ってプロになりたいと思うようになりました」

 --高校3年生の時は選手権への出場は。

「選手権に出場して優勝しましたが、自分はメンバーには入っていたものの試合には出られなかったです。やはり心の底から喜べるのはスタメンなど一部の選手たちで、むしろ試合に出られていないというのはこんなにも悔しいものなんだなって感じました。優勝というすごい経験をさせてもらいましたが、その時の悔しさが逆に今の自分の糧になっているところはあります」

 --高校卒業後にプロになった選手は。

「自分の代は檀崎竜孔、三國ケネディエブス、バスケス・バイロンとか3、4人がプロでやっています。あとは関東の大学などに進学しています」

 --当時、プロになった選手たちとの違いを感じることはあったか。

「個人的には技術的にそこまで違いを感じることはなくて、強いて言うなら最後の大事なところ、自分の勝負するポジションで結果を残すか、残さないか。例えばFWだったら決めきる力とか、そういった差があったのかなと思います」

 --今回、大学2年生になるタイミングで一度『休学』して、海外にチャレンジすることを決めた。卒業を待たずに海外にチャレンジすると決めたのはどういった思いからか。

「もともとの考えは高校を卒業してすぐに海外に行くのが理想でした。でも、大学という場も色々なことが学べるし、人間としても一回り成長できる。実際に1年間の中で、数え切れないくらいのことを学ぶことができました。一方で、サッカーは若ければ若いほど可能性が広がるし、クラブからも重宝される。チャレンジできる可能性が1%でもあるなら自分はそこに飛び込んでいきたいと思って決めました」

 --海外にはそれだけ魅力を感じるものがあるか。

「僕自身は少ない期間でしたが、海外に行って、その魅力や可能性を感じました。自分は環境の変化とか、追い込まれた状況に身を置くとむしろワクワクするタイプ。自分が成長できる環境があるなら、そこに飛び込んでいきたいと思うし、実際、親元を離れて青森山田高校に飛び込んでいったのもそう。それが自分のスタンスだし、そこは変えずにやっていきたいと思っています」

 --仮に1年間のチャレンジがうまくいかなかったら、また大学に戻るという選択肢は頭の中にあるか。

「今はコロナの問題もあって渡航が難しい状況でもあるし、もちろん休学なので戻るという選択肢もあります。でも個人的には腹をくくって退学、ずっとプロでやっていくつもりでいます」

CONTENTS 02
失敗を恐れず挑戦していきたい

 --青森山田時代の同級生も、多くの選手が大学に進んでサッカーをやっている。そういった同級生と連絡を取り合ってお互いの近況を話したりすることは。

「ほとんどないですね。連絡を取るということがほとんどないし、たまに電話で話したりもしますが、今やっていることとか、海外の話などは特別していないです」

 --今回のことは誰かに相談は。

「もちろん両親にはしました。あとは今、関わってくれている身近な人にどういった選択肢が自分には合っているかなどの相談はしています。両親からは『苦労して大学に入ったんだから、卒業してからでもいいんじゃない』って言われましたが、若いうちにチャレンジできるなら自分はチャレンジしたいということを何度も伝えて、最終的には応援してくれるようになりました」

 --そういったご自身の苦しい環境に飛び込んだり、常にチャレンジするという精神は、誰かの教えや誰かの影響を受けたりして築き上げられたものなのか。ご自身を作り上げた原点、きっかけみたいなものはあるのか。

「原点でいうなら父親の影響があると思います。何事も挑戦は成功できればいいですが、もちろん失敗もあります。でも、失敗もポジティブに捉えて、この失敗があるから今がある。そう捉えてどんどん挑戦していけば、すべて意味がある。そういった考えは自分の父親に影響されて作られたのかなと思います」

 --いくつかある海外挑戦の斡旋先の中からHBOというクラブを選んだ理由と、実際に春から参加してみての感想は。

「他の海外へ行く会社も調べたりはしましたが、自分の中ではHBOに一番魅力を感じました。やはり午前中に週4回練習ができるし、週末には公式戦もある。海外に行くための準備、コンディション作りを含め、自分にとっては非常にありがたい環境が用意されています。実際に参加してみての感想としては、泉代表含めスタッフの雰囲気はすごくいいし、選手の雰囲気もいい。やはり海外を目指す選手たちが集まっているので、練習の時からみんな意欲的にやっています。それにスタッフや選手の中には実際に海外でプレーした方々や一時帰国で参加している選手もいるので、サッカーはもちろん、海外でプレーするための考え方なども教えてくれる場になっています。海外でプロを目指す自分にとっては一番合っている環境だと思っています」

 --そういったOBからのアドバイス含め、海外でやっていくためにはどういった要素が必要になると考えているか。

「まずはコンディションが大事ということは常に言われています。一発勝負のトライアウトでどういった選手が残れるかというと、やはり結果を残せる選手。特に自分は攻撃的な選手なので、やはり数字を残さないと生き残れない。そのためにはどんな相手、どんな環境でもしっかりと自分のプレーを出せるコンディション作りが大事だと思ってやっています。あとは海外の生活に順応できるように語学の勉強であったり、自炊をしたり、サッカー生活に支障がないようにするための能力を身に着けている最中です」

 --1人で海外で生活していくことに不安を感じたりはしないか。

「不安は少なからずありますが、むしろワクワクというか、燃えている方が強いです。ここでやるしかないという環境に身を置くことで出てくる闘志、そういったものに不安はかき消されていくんだろうなと思っています」

 --今後のスケジュールは。

「本来なら5月にはトライアウトを受けに海外に行っているはずでした。でもコロナの影響もあって、いま現在も難しい状況になっています。可能性があるなら、この夏に行きたいと思っていますが、それもまだわからない状況です。もし、今年の夏が無理なら、11月の時期まで日本でトレーニングを積んで秋に行くことになります。こればかりはどうしようもないことなので、逆に日本で出来ることをポジティブに捉えて、切り替えてやっていくしかないです」

 --自分の中での将来的な目標、ビジョンはどのように考えているか。

「若いうちはヨーロッパで挑戦したいと考えています。今、20歳ですが、目標は27歳までにチャンピオンズリーグに出場すること。そのためにもこの歳までにはこのステージでプレー、次はこのステージでプレーと、目標を一つずつクリアしていくスタンスでやっていきたいと考えています。そこから次のステップとしてはアジアでまた違ったサッカー、環境、価値観を経験して、できれば30歳過ぎまでは現役でプレーしたいと思っています。選手寿命は短いですし、一瞬、一瞬を大事にしながらやっていきたいと思います」

PAGE TOP

PAGE TOP