COLUMN
シリーズ展望「東京社会人サッカーの未来」Vol.01
時代の荒波に揉まれ、変革の時を迎えた50周年のエリース(中)2/2
|後藤勝(ライター)
欧州とは歴史が異なる日本
Jリーグに加盟しなければ生き残れないと、地域チャンピオンズリーグを勝ち抜きJリーグ準会員になろうとするクラブは多いが、Jクラブになりきれず停滞したまま消えていくか、カテゴリーを下げて縮小していくクラブもその分多い。Jリーグをめざさずとも成長出来る構造が必要なのではないか。歴史の長い欧州では、各国で1部から5部、6部へとカテゴリーを下げていくに従い、リーグやクラブの規模がなだらかに小さくなり、下のカテゴリーでも一定の賑わいがあり、選手もセミプロとして報酬をもらえ、地元のファンにモテモテとなるほどの裾野の広がりがある。つまり、選手もクラブもどこかのカテゴリーに居場所を見つけて活動を継続することが出来る。しかし後天的にJSLをプロ化するかたちでJリーグをつくった日本では「Jリーグか否か」の選択を迫られ、本来Jをめざす必要のないクラブまでこの競争に加わっているように映る。
こう水を向けると、小宮代表は頷いた。「歴史の話をすると勝海舟や坂本龍馬が活躍した文久3年(1864年)、日本でちゃんばらをやっていたときに、英国ではFA(フットボール協会)を設立して各州でバラバラだったルールを統一した。米国ではリンカーンがゲティスバーグ演説(1863年11月19日)をした時期です。この歴史的なギャップ・・・ヨーロッパは地域に根ざしていて、たとえばフランスもプロリーグは4部、5部くらいまである。オーナーには地元の商店主が名を連ね、選手も4~5万円くらいのサラリーをもらえる。小規模でもセミプロとして成り立っているんですね。そうした160年くらいの歴史がある。対して日本は英国のFA設立から遅れること130年が経過してJリーグが始まった。まず土壌がちがう」
ならば、もっとちがう未来もありえるのではないか。この疑問を小宮代表にぶつけると、さらに私案が答えとして返ってきた。「Jリーグを拡大しておいて後戻りは出来ないから、上のカテゴリーとしてはプレミアリーグを創設して凝縮し、競技の質を向上させるべきでしょう。その一方で、下部組織のリーグ戦を強化することも必要だと思います」
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