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Criacao 成山新監督インタビュー「人間性で勝負」

 2015年に関西学院大学サッカー部を率いて関西学生選手権、関西学生リーグ、さらに総理大臣杯、全日本大学選手権と4冠の偉業を達成し、昨年はJ2の愛媛でコーチを歴任。輝かしい経歴を持つ成山一郎氏が今季から東京1部のCriacao Shinjukuの監督に就任することが決まった。監督を引き受けるまでの経緯や関東リーグ昇格へ向けての意気込みを聞いた。

成山一郎監督

Criacao Shinjuku

Criacao Shinjuku 成山一郎監督

Criacaoには私の方からお願いした

 ──J2の愛媛FCから2年目のコーチのオファーがあった中で、今回Criacaoの監督を引き受けたのは。

「去年はコーチをしていながらも自分自身の力不足を感じていて、もう一度鍛え直すためにもJリーグで監督を務めるために必要なS級ライセンスを取得しようと思い愛媛FCには断りをいれた。S級は4カ月ほど東京で講習を受けなくてはいけないので、その際に真っ先に頭に浮かんだのがこれまで色々とお世話になっていたCriacaoの丸山代表。その期間コーチという立場で少し関わらせて頂けないかと私の方からお願いをした。ただ、丸山さんからは『コーチではなく監督をお願いできないか』と言って頂き、私としてはCriacaoの監督というのはS級を受けながら片手間で出来るほど甘くはないので、再度『コーチで』とお伝えした。それでも丸山さんから強い要望を頂き、自分も覚悟を決めた。結局、20名ほどのS級の枠から漏れてしまい、受講はできなくなったが、Criacaoに集中できるということでポジティブに捉えている」

 ──Criacaoというクラブの印象と課題は。

「一人の人間としても組織としても大事な『素直さ』や『その瞬間に全力を尽くす』ということが、選手のベースにはあるなという印象だった。やはり丸山さんをはじめクラブに選ばれて入ってきている選手たちだけあって、一人ひとりのベースがしっかりしている。課題については自分自身がこれまで社会人サッカーに携わったことがないので、まだ全体を把握できていないが、あえていうなら『質』を高めていかなくてはいけない。具体的にはCriacaoは水曜と土曜の週2回しか練習ができていなくて、しかも社会人なので参加できる、できないがある。そういった中での1回の練習をいかに内容、密度を濃くできるか。どれだけコミュニケーションを取って、質を高めていけるかだと思う」

 ──これまで大学で学生を指導し、昨年は愛媛FCでプロ選手を指導していた。今回は学生でもプロでもない社会人を指導することになる。監督にとっては未知の挑戦になるが、どんなチャレンジになりそうか。

「最初は私も『社会人だから』と意識していた部分があった。ただ、途中でその意識が変わって、社会人だからと気を使うこと自体が逆に失礼ではないかと思うようになった。ピッチに入ったら彼らはいち選手として扱ってほしいだろうし、社会人だからといってセーブされてしまうと、嬉しくないと思う。練習や試合の時はこれまで自分が指導していた大学生やプロ選手と同じ要求を社会人にもやって行こうという気持ちでいる」

 ──関西学院大学(以下、関学)では当初、元日本代表監督も務めた加茂周さんのもとでコーチを3年間務めた。昨年の愛媛FCでは元日本代表監督のオシムさんの通訳も務めていた間瀬秀一監督のもとでコーチを務めた。それぞれ学んだことや印象に残っていることがあれば教えてほしい。

「加茂さんのもとでは当時関学で監督をされていた時にまず3年間コーチをやらせてもらい、さらに自分が監督になってからも総監督という立場でアドバイスを頂いたり、相談にも乗って頂いた。ずっとお世話になっている方で、師匠、恩師という存在。加茂さんはJリーグにしても日本代表にしても、良いことも悪いことも全て経験されてきて、とにかく一つひとつに説得力がある。やっていることがきちんと結果に反映されるし、『すごい』という一言で片付けるのは失礼だが、今まで自分が出会ってきたなかで一番偉大な存在。具体的に加茂さんから教えてもらったのは、監督やコーチは選手よりも気合が入っていないといけない。そして指導者というのはうまくいかないことがあると、選手や周りからも色々と言われることがあるが、そういった時も指導者はブレずに鉄の意志を持たなくてはいけない。そういうことを教えてもらった。加茂さんは周囲を巻き込む力があったし、みんながファンになって惚れてしまう。組織として力を発揮するという部分でもすごかった。

 間瀬監督とは一年間しか一緒にやらせてもらっていないので、私が何かを言うのは失礼になってしまうが、ひとつ言うなら『見る』ということを非常に大切にされていた。当時、オシムさんがジェフユナイテッドの監督をされていた時に自分も下部組織のコーチをしていたので何回か練習を拝見させてもらったが、その時にたくさんの色のビブスを使ってトレーニングをしていた。間瀬さんもそういった練習を自分なりにアレンジして、たくさんの色のビブスを使い、その色を見て、判断してプレーするということをされていた。見るということをサッカーに活かそうと考えていたのではと思う」

学生には目標の先にある目的や理念を求めていた

 ──関学で監督を務めていた時に大学生に求めていたもの、その後に愛媛FCでコーチをされていた時にプロ選手に求めていたもの。それぞれ違いがあると思うが、教えて頂きたい。

「大学の頃は選手たちに目標を聞くと必ず『日本一になりたい』という言葉が返ってきた。ただ、私は何のために日本一になりたいのかがはっきりしていないなら達成できないと伝えていた。どこの大学も目標は日本一なわけで、その目標対目標のチームが戦った時に、その先になぜ日本一になりたいのかという目的や理念がはっきりしていないと、最後のところで力にならないという話はよくしていた。もし、優勝することが人のためになり、社会のためになると思うなら、そこからは勝たなくてはいけないし、覚悟を決めなくてはいけないと伝えていた。

 関学はアメフトが本当に強くて、当時、そのヘッドコーチから教わったひとつに『良い人間を作りたいなら絶対に勝たなくてはいけない』ということがあった。サッカー部のOBの方や学校の職員の方からは勝たなくてもいいから良い選手、良い人間、良い社会人を育ててほしいと言われていたが、アメフトのヘッドコーチからは絶対に勝たなくては良い人間を育てられないとはっきり言われた。それは『彼らが社会人になって会社から目標を与えられた時に、それを達成できる人間と達成できない人間とどちらが会社のため、その先の社会、世の中の役に立つと思うんだ?』と言われて、それはもちろん単純な話、目標を達成できる方だなと。『学生は勝つという目標を持って、絶対に達成するとなったら逃げ道がなくなるし、そうすると自分と向き合い、もがいて苦しんで、その先に成長がある』。そういった話を聞いて自分も理念が決まって目標が決まったら、それを必ず達成するように学生に働きかけていた。

 昨年の愛媛のプロ選手たちには私は監督ではないし、特に選手に求めたりすることはなかった。監督がやりやすいように補佐をするのが私の役割で、選手から個別の要求があった時は対応した。もちろん彼らはプロだし、生活がかかっているので、すべてにおいて全力でやる。練習から自分の人生までもしっかりと考えているので、特に求める必要もなかったというのが正直なところ」

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